国指定史跡

公開日 2015年3月1日

最終更新日 2015年3月1日

史跡

菅尾石仏 (重要文化財 菅尾磨崖仏)

菅尾磨崖仏

宇対瀬区にある5体の磨崖仏で、向って左から千手観音・薬師如来・阿弥陀如来・十一面観音・毘沙門天となる。平安時代後期に熊野権現(くまのごんげん)を勧請(かんじょう)して作られたと言われており、その造形は力強く優美であるため、国の史跡指定だけでなく彫刻として重要文化財指定も受けている。大分県を代表する磨崖仏のひとつとして、貴重な文化財である。

所在地:三重町浅瀬(宇対瀬)
指定年月日:昭和9年1月22日(史跡) 昭和39年5月26日(重文)

     岩戸遺跡

岩戸の石器

岩戸地区の台地上にある九州でも代表的な旧石器時代遺跡のひとつである。昭和42年に東北大学考古学研究室により本格的な学術発掘調査が行われ、以後別府大学や清川村教育委員会による調査も行われている。旧石器時代は石を加工して槍先など様々な道具を作り出していた時代であり、この遺跡からも2万年以上前の地層からナイフ型石器や尖頭器など数多くの石器が出土した。特にこけし形石偶(せきぐう)は祈願・呪術などの用途が推定されることから、旧石器人の精神世界を知る貴重な遺物として注目されている。

所在地:清川町臼尾字岩戸 指定年月日:昭和56年3月31日

    緒方宮迫東石仏

宮迫東

平安末期、豊後武士大神一族の惣領(そうりょう)緒方惟栄(これよし)による造顕(ぞうけん)と伝えられている。東石仏は西石仏より200m北東に所在する。中尊(ちゅうそん)は大日如来、右に不動明王、左に毘沙門天を配し、さらに両脇に金剛力士像が彫り込まれる。江戸時代には薬師如来として信仰されていた。また、地元では牛の守神として信仰され、牛をひいて参拝していたという。

所在地:緒方町久土知71 指定年月日:昭和9年1月22日

    緒方宮迫西石仏

宮迫西

平安末期、豊後武士大神一族の惣領(そうりょう)緒方惟栄(これよし)による造顕(ぞうけん)と伝えられている。西石仏は東石仏より200m南西方向に所在する。向って右から阿弥陀如来・釈迦如来・薬師如来像を配置する。阿弥陀に来世を託し、釈迦に過去を顧み、薬師に現世を頼む三尊仏形式である。彩色が鮮やかに残る。

所在地:緒方町久土知38-3ほか 指定年月日:昭和9年1月22日

    岡藩主中川家墓所

岡藩主墓地

小富士山頂の南西250mにある近世岡藩八代藩主中川久貞公の墓所で、「御霊廟(おたまや)」と呼ばれる。久貞公は寛政2(1790)年に67歳で没し、遺命によりこの地に埋葬された。儒教を信奉したため儒式墓となっている。久貞公は、由学館・経武館などを開設し学問に力を入れ、また、悪化した藩財政の再建に取り組んだことで知られている。隣接してその室・お久の方の落飾碑がある。

所在地:緒方町寺原(小富士山) 指定年月日:平成9年9月2日

  犬飼石仏

犬飼石仏

渡無瀬区に所在し、鎌倉時代の作と推定される磨崖仏である。凝灰岩の岩窟堂内に像高3.7mの不動明王坐像と1.7mの矜羯羅童子・制吒迦童子の脇侍(わきじ)2体を彫りだしている。右手に三鈷剣、左手には羂索を持って結跏趺坐し、部分的に赤い彩色が残っている。不動様の厳しさのなかにどこか柔和な表情があり、親しみやすい不動明王である。

所在地:犬飼町田原(渡無瀬) 指定年月日:昭和9年1月22日

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